『現外|GENGAI』について詳しく見る

“唯一無二”であること。『現外』が突きつける価値の本質

  

1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災。その未曾有の天災に、地元の酒蔵も壊滅的な被害を受けました。灘五郷を代表する酒蔵・沢の鶴もそのうちの一つ。蔵は崩れ、多くの貯蔵タンクが倒壊。仕込んでいたお酒も大きな被害を受けました。そのなかで、奇跡的に災禍を免れて残った酒母のタンク。

20数年経った2019年、その酒母は、SAKE HUNDRED『現外』として世に出ました。

数奇な生い立ち、その境遇ゆえの特殊な製造工程、そして長期貯蔵による予想を超えた熟成。それらの重なりによって生まれた『現外』が示すものは、日本酒産業においてどんな意味をもつのか。沢の鶴の取締役 / 製造部部長・西向賞雄さんとブランドオーナー生駒龍史の対談を通して、紐解いていきます。

復興を象徴する存在

— 『現外』の生い立ち

生駒:『現外』の生い立ちについて、当時の心境も交えながらお聞きできますか?

西向:阪神淡路大震災は、私の人生の中でも一番深く刻まれている記憶です。震災の翌々日ですかね、被災後にはじめて会社に行って仕事をしました。でも、電気が通らないから夕方5時を過ぎると、もう暗くなるんですよね。帰り道も、信号から何から、街に明かりがない。

唯一、明るい場所に近づくと、被災者の方が家の部材をドラム缶で燃やして暖を取っておられる。

酒蔵もいたるところが損壊してしまって、手の付けようのないタンクもありました。その中でいくつかのタンクは助け出せて、今から思えばそれが、自分たちが復興していくための灯火のような存在になっていたんだと思います。

生駒:本当に傷ましい出来事だったんですね。その苦しい状況の中で、救出できたお酒が唯一の希望のような存在になった、と。

西向:そうですね。「沢の鶴は、これからも酒造りをするんやで!」という震災から復興する意志を、救出したお酒たちが形にして見せてくれていたんだと思います。お客さんにも自分たちにも。

そこに、『現外』の元となる酒母もありました。ただ、被災後すぐは電気も通じていないので、そこから醪の管理ができない。だから、その時は何もできず、そのまま置くしかなかったんですね。

当時、入社3年目だった私は「全部捨てるしかないんだろうな」と思っていました。ところが、上司が「搾ろう(*)」と言ったんですよ。

*醪を濾して清酒と酒粕に分ける作業のこと

 

生駒:“搾る”という決断をしたのはいつ頃なんですか?

西向:確か、震災から1ヶ月以上は経っていたと思います。搾ったあとは火入れをして置いておいたんですが、置いてからどうするかは誰も決められなかった。復旧作業もしながらなので、その時はもう必死だったんです。

しばらくして、「このまま置いておくのか」「ほかのお酒に混ぜるのがいいんじゃないか」という意見も出てきました。ただ、その酒母搾りのお酒の味をチェックしてみると、ものすごく酸っぱいんですよ。ここまで酸度の強いものをほかのお酒に混ぜると、味に相当影響が出てしまうからそれもできない、と。それで寝かせることになりました。

生駒:おそらく、いわゆる一般的な日本酒で感じる酸とは、まったく違いますよね?

西向:もう、全然違います。例えるなら、一番酸っぱいときの梅干しを練った塊を口に入れたような。口内からお酒がなくなった後も、唾液が後から湧いてくるような……。

それから毎年サンプルを取って味わいをチェックするのですが、その酸っぱさが、5年、10年、15年……と何年経っても変わらない。「このお酒は、どうすれば日の目を見るのだろう」と心苦しかったのも覚えています。

それが不思議なことに、20年を過ぎてからだんだんと味が変わってきました。酸味が穏やかになって、味わいがまろやかになって、全体にまとまりが出てきたんです。その時期に、生駒社長とも知り合う機会があって、利き酒をしてもらったことが今日につながっています。巡り合わせなんだと思います。

生駒:最初に試飲したのが2018年の末頃でしたね。僕も、2011年に日本酒の世界に入ってから、全国の酒蔵を巡ったり、数えきれないほどの日本酒を飲んできました。コンクール審査員をする機会もいただいたりして、日本酒の味についてはそれなりに知っている方だという、自負がありました。

そんな自分でも、一瞬で「ただものじゃない日本酒」だと思いましたね。

『現外』を世に出すよりも以前、沢の鶴さんを初めて訪れたときに「酒は造るものではなくて、育てるもの」という話を西向さんからお聞きしていました。『現外』の話を聞いたとき、驚きと同時に、ある種の納得感が湧き上がってきたのも覚えています。

20年以上の時間をかけて、『現外』も育ってきたんだな、と。

『現外』が世に示したもの

—熟成の付加価値

西向:沢の鶴では、元々長期熟成をやっていましたが、ほかの酒蔵さんから「それだけ安く熟成酒を売られてたら、ほかのメーカーが高くできません」という声もいただいていたんですよね。

酒蔵って妙に真面目なところがあって、一定の金額の範囲内で、価格を決めることが多いんですよ。だから、自分たちから『現外』のような値付けは難しい、という気持ちがあるんです。

生駒:本来、“熟成”の価値って世界的に通用するものだと思うんです。どれだけお金を払えたとしても、熟成にかけたその数十年という時間は買えない。その説得力は、不文律として日本だけでなく世界にあるものだと思います。

ただ日本酒の場合、その“熟成”という付加価値の付け方を、ほとんどの人がわかっていなかったんですよね。

西向:当初、『現外』の販売価格を聞いたとき、酒蔵の本音として「それで大丈夫なのか?」と思ったんですよ。

生駒:そうですよね。しかし自分の中では、それが適正な価値だと確信に近い気持ちを持っていました。『現外』に出会ったとき、日本酒のトップオブトップに位置するお酒だと感じたんです。

どんなお酒と比較しても、唯一性が極めて高い。そして飲むほどに、言い知れない幸福感が生まれてくる。少なくとも自分が扱うお酒の中で最高額にしなければならないと感じたし、この日本酒が5万円ならば「日本酒の最高は5万円だ」って言ってるのと同じだと考えたんですね。

10万円を超えれば、いわゆる5大シャトーの熟成されたワインが飲めます。つまり、洋酒の最高峰と並ぶわけです。高価格の日本酒といえば高精白が主流でしたが、それよりも高い値付けであるべきだと考え、価格を決めました。

西向:酒蔵は、「造れば売れる」時代を長くやってきたこともあり、価値の伝え方についてはまだまだ遅れている部分があるのかもしれません。

生駒:おそらく日本酒産業で働く方の多くが、「日本酒はもっと高く販売できる。それだけの価値がある」と漠然とは考えていたと思うんですよ。とりわけ「熟成酒に可能性がある」という道筋も、おぼろげながら見えていた。しかし、具体的にどうすればいいかはわからなかった。

『現外』は、明確に、回答を出したと思っています。

西向:それと同時に、「ただ値段を付けるだけでは成り立たない」ということも感じました。

生駒:『現外』は特別なお酒です。20年を超える熟成の優れた味わい、酒母搾りという特殊なスペック、震災を生き抜いたというストーリー。その3つの要素に加えて、再現性がなく唯一無二であるということ。

逆に言えば、「ここまでやらないと、この金額は付かない」というのも提示したと思います。新たな市場を拓いたと同時に、根拠のない高価格化を跳ね除ける存在にもなった。熟成日本酒において、ひとつの物差しになったのではないかと思います。

日本酒の範疇を超えた日本酒

—現外の味わい

生駒:最初、西向さんは「震災を乗り越えた、酒母を搾ったお酒」だということをまったく言わずに、僕に出しましたよね。「味だけで判断してほしい」というその気概に、沢の鶴のかっこよさとプライドを感じました。

西向:生駒社長には、そのように“かっこよさ”や“プライド”と言っていただきますが、自分たちは「そのストーリーに価値がある」ことに、まだ気づけていなかっただけなんです。

生駒:でも、もしその背景を聞いてから試飲していたら、味覚の感動よりも先に頭で考えて「このお酒にしよう」と決めていたかもしれません。そうではなかったから、飲んだ瞬間、美味しさに感動して「これだ」と。それが、『現外』を世に出すときの自信の根源になっているんですよ。

テイスティングで『現外』をご用意したので、改めて召し上がってみてください。

西向:しっかりとした酸味もありますが、全然尖ってない。甘味も、ちょっとしたほろ苦さも感じて、全体が綺麗にまとまっていますよね。熟成の重いお酒って、椎茸に近い強烈な香りが残ったりすることもありますが、『現外』にはそのような香りはまったくないですね。

生駒:むしろドライアプリコットやレーズンのような、ドライフルーツに近い香りがしますよね。シナモンに似た、スパイス感のある甘やかなニュアンスもあります。

西向:『現外』のすごいところって、合わせる料理によって味わいが変化することだと、思っているんです。甘いものと合わせたら酸が出て流してくれるし、逆に辛いものと合わせたら甘味が出て口の中をほっとさせてくれる。これだけ表情に変化があるお酒っていうのは、私も日本酒では飲んだことがないです。

生駒:いわゆる淡麗辛口の、オールラウンドな日本酒ではないんですけどね。圧倒的な存在感を出しながらも、どんな料理とでも握手できる。「寄り添いしろ」があるお酒だと、思います。

西向:熟成って、本当に不思議です。長年どうしようもないと思っていたお酒が、20年過ぎて突然、別物のような味わいに変化した。当初感じていたきつい酸は、もうまったくありません。

『現外』に対する感想として、「日本酒じゃないみたいですね」という声をいただくんです。あ、そうか。私たち酒蔵からすれば日本酒だと思ってましたけど、飲む人からすれば日本酒の範疇を超えていると感じるんだな、と逆に気付かされました。

いい意味でとらえれば、先ほど生駒社長もおっしゃってましたが、日本酒のステージではなく、ヴィンテージワインなどの洋酒と比べられる世界に足を踏み込めたのではないかと思っています。

『現外』が拓く未来

—業界的な熟成酒への流れ

西向:元々、江戸時代には日本酒熟成の文化があったと聞きます。それが明治時代、酒造りに税金がかかるようになってそういう文化が消えてしまった。

ところが、最近になってまた、「熟成酒をつくろう」という流れが生まれてきています。そして『現外』があるからこそ、多くの酒蔵やメーカーが考えを広げていけるんじゃないかなと思います。

実際、熟成酒を始める酒蔵は増えてきていて、みんな貯蔵し始めているんです。世に出回るのは20年ほど先だと思いますが、その頃には、従来のような玄人好みの「重たい熟成酒」ではなくて、華やかな香りや軽やかな味わいなど、新たな趣向の古酒・熟成酒が市場に出てくるような気がしています。

生駒:熟成日本酒のニーズが高まることで、多くの酒蔵が自分たちの価値を“再発見するきっかけ”になるのではないかと考えています。

今の日本酒産業って、「新しい価値は何だろう?」と模索して、色々なことをやっていると思います。もちろん新しいことに挑戦するのは素晴らしいことですが、じつは「その価値をもう持っている」という可能性もあります。

熟成に限らず、米を磨くことも、木桶で仕込むことも、価値を秘めた要素はまだまだいくらでもあると思うんです。もしかしたら、『現外』と並ぶようなストーリーや味わいを持った日本酒も、まだどこかに眠っているかもしれません。

西向:その日本酒だけが持つ“唯一性という価値”をちゃんと示せば、受け入れてくれますよね。

『現外』をきっかけに、日本酒業界でそういうアプローチをする会社が増えることを期待しますし、そうなれば、真の意味で成熟した市場になっていくのではないか。そんな未来がくればいいな、と思います。

 

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