「ブランド」が社会を変える — ヘラルボニーとSAKE HUNDREDが挑む市場創造と価値変革

ラグジュアリーブランドという概念を持ち込むことで伝統産業に変革をもたらしている「SAKE HUNDRED」。知的障害のある作家の作品を、アパレルやインテリアなどの商品に展開することで福祉のイメージを一変させている「ヘラルボニー」。いまや国際的ラグジュアリーブランドとも協業する両ブランドは、奇しくも共に2018年7月にスタートしています。

ブランドとはなにか?互いの8周年をきっかけにSAKE HUNDREDのブランドオーナー生駒龍史とヘラルボニーの創業経営者 松田崇弥さんが、ブランド誕生の背景から現在までの道のり、そして100年先の未来を語ります。

自覚的に「ブランドをつくる」ことの覚悟

— ブランドが生まれた日

生駒今回はブランドについて松田さんとお話したいのですが、8周年というのは難しいですよね。10周年なら一区切りという感覚もあるでしょうし、3周年ならまだまだこれから。私たちにとって重要なのは、SAKE HUNDREDの売上だけではなく、高価格帯の日本酒市場を創造することだと思っています。

実際、『百光』のリリース以降、1万円以上の高級日本酒の商品発売数は8倍以上に増え、その平均販売価格も20%上昇しており、0から1にするステップは踏めているかなと思っています。

松田生駒さんは8年前のSAKE HUNDRED立ち上げの日を覚えていますか?

生駒2018年の7月10日ですが、あまり覚えていないですね。気持ちの盛り上がりはありつつも、「さぁ、これからだ」という普通の一日だったはずです。しかし、SAKE HUNDREDをやろうとした日のことは覚えています。渋谷の貸会議室を借りて、全従業員に「ブランド事業をやろうと思う。ついては初めての資金調達をし、上場を目指していく」と伝えました。

私は2014年に、SAKETIMESという日本酒メディアを始めていたのですが、メディアは産業の応援はできるけれど、市場を創造するには遠いと感じるようになっていました。私が日本酒に対して抱いている、当然に認められるべき高い期待値を社会に実装するためには、自分がつくり、売ることをしないといけない。その気持ちが固まったのが2017年でしたね。

松田そんなに早いんですね。

生駒香港に出張に行った際、1本40万円で日本酒が買われていくのを見たんです。酒蔵はみんな儲からないと言いますが、なぜか?それは日本酒の販売価格が安いからです。高価格で売れていることを目の当たりにし、いまはまだ存在しない高級な日本酒を創造して市場を拡大できれば、日本酒産業の裾野を広げられると考えたんです。

松田それで生まれたのが『百光』なんですね。初めて飲んだとき、こんな日本酒があるのか!と驚きました。

生駒本来、日本酒はとても多様なものなんです。現在は市場規模が小さくなってしまったことで、その多様性が少しずつ失われつつあります。『百光』をはじめ、SAKE HUNDREDがその多様性を包むほどに市場を大きくすることができればと思っています。ところで松田さんは、創業の日を覚えていますか?

松田写真が残っています。2018年7月24日に、共同創業者である双子の兄弟の文登と祐天寺のカフェで「いまからこの登記書類を出しに行くぞ」という写真です。

私は2015年に会社勤めをしながら、副業で文登と一緒に知的障害のある人のアートで、ネクタイなどシルク商品を作るブランドを始めたんです。2016年にNHKの『おはよう日本』に出たのですが、放送後にいただいた問い合わせのメールが印象的でした。「妻のおなかの子がダウン症の可能性がある。でも、25歳の若者が、こんなに熱い想いを持ってこれからを考えている。希望が持てました」と。そしてネクタイが3本売れたんです。その時に、この事業はすごい意義を持つと実感し、専業で取り組むことを決意しました。

私たち双子には知的障害の兄がいるという動機があってこのビジネスを始めましたが、生駒さんはどういうきっかけで日本酒に関わるようになったんですか?

生駒日本酒と出会ったのは25歳のときでした。仕事もうまくいかず、人間関係でも悩んでいた時期に3・11が起こり、私の人生のなかで大きな穴が空いたんです。そこに日本酒がはまったんですね。

自分の性格にも、日本酒が合っていました。私は人間が好きで「人の営みとは感情のゆらぎだ」と思っているんですが、それは人生を振り返ったときに、泣いたり、笑ったり、怒ったり、感情が大きく動いた出来事は人生のハイライトだと思うからです。日本酒はそれを際立たせてくれる。人の営みを愛することを肯定しているものなんです。

— ハイブランドである必要

生駒私たちの前には、日本酒が安すぎて伝統産業が立ち行かなくなっているという問題があり、これに自覚的に揺さぶりをかけています。ブランドが存在していないことが産業の課題だと捉え、ある種滑稽だということを理解しながら「ラグジュアリーブランド」を目指しています。つまりラグジュアリー、今回はもう少し広く捉え、ハイブランドであることと社会課題の解決は、SAKE HUNDREDにとってはイコールなんです。

ヘラルボニーにとっても同じことは言えるのでしょうか? 私含め、ヘラルボニーファンはヘラルボニーをハイブランドとして受け止めています。それは、松田さんご兄弟が意志を持ってそのイメージを築き上げてこられたからですよね。

松田そこに私と文登、双子の意思があるのは間違いないです。障害のある人のアートは、虹の描かれたポスターが公共施設の一角や商店街に貼られている、というようなイメージが強いと思います。その領域で生きていたものが、どう昇華されたら、障害の認識に変化が起きるかを考えたときに、従来のイメージとの乖離が大きいほどいいだろうと思ったんです。高品質で、銀座で、パリで、百貨店のど真ん中で売られている。そういうコントラストを生み出したい。それがラグジュアリーなものを選択している理由です。

私は、兄が障害を理由にバカにされたり、近所の料理店で親が「ごめんね、この子には障害があって」と謝らないといけないことに中学生の頃から疑問を感じていました。ブランドが障害のある人のアートを内包してしまえば、地元の友人が「レクサスかっけーじゃん」「BMWってスゲエじゃん」と言っているように「ヘラルボニーかっけーじゃん」って言いはじめて、もっとフランクに障害について語り合う世界ができると思ったんです。

障害がある人のアートという分野で、ヘラルボニーは先駆者ではありません。世界中に運動や団体があり、先人がいます。彼らを尊重しながら、そこにヘラルボニーは経済性をブレンドして、どう突き抜けてイノベーションを起こせるか。多分、そこはSAKE HUNDREDと似ている部分があるだろうと思っています。

生駒そうですね。私は日本酒を文化と経済の両輪で広げていくことが大事だと考えています。より美味しいお酒をつくり続けることや、原料である種麹などの研究、多文化の料理とのペアリング提案など、日本酒の文化を発展させるとともに、酒蔵や米農家などの産業と地域に還元する経済面での発展、両方に真剣に取り組んでいます。

酒蔵は100年以上の歴史がある企業ばかりです。その蔵の個性を味わいたいなら、ぜひ、その蔵の酒を飲んでもらいたい。しかし、それだけでは産業の課題は解決しません。SAKE HUNDREDは商品のコンセプト設計とそれを実現するための技術研究、販売、お客様対応など、すべての工程において徹底したこだわりを持ってすすめることで、お客様に高い付加価値を提供しています。

嬉しいことに、お酒そのものにSAKE HUNDREDに共通する個性がある、と納入先のソムリエの方々は言ってくれます。それが何かと考えていくと、最終的には私の感性や好み、考え方、もっと言えば独断と偏見だと思うんです。創業経営者はエゴが強いものだと思っています。そして尖ったセンスがないと、イノベーションは起こせません。だから、私がダメならダメ、良いなら良い、そこは相対化させないように気をつけています。

そこから考えると、私は福祉というバックグラウンドがあるブランドが好きだから、ヘラルボニーの商品を買っているわけではありません。ヘラルボニーだから欲しいと思う。ヘラルボニーのブランドの根幹には福祉という要素がありますが、それがもし、これからのブランドの成長とともに見えづらくなっても、仕方がないことだと考えますか?

松田確かに店舗や流通量が増えると、外から見て薄まったと感じられるかもしれません。しかし、毎週行う全社会議で全メンバーで議論するほどに、福祉のことを深く考えている会社だという自負はあります。

ただ、ここまでやってきた実感として、お客様の購入動機が、製品の面白さ、カッコよさ、美しさになってきているというのも、どんどん分かってくるんです。はじめはヘラルボニーの価値観が好き、考え方が好き、応援したい、という人に支えられてきたブランドです。それが少しずつ変化してきています。

例えばアウトドアブランドのパタゴニアは水問題に責任を持つと決めているから、ダム建設などが起こると必ず声明を出しています。私はヘラルボニーが、福祉に対してどう責任を持つかを定めていきたいと思っています。知的障害に関してはどんな些細なことでもアクションし、責任を持っていく。でもそれ以外は、しっかりとビジネスをする。パタゴニアを購入している人も半数程度はパタゴニアの取り組みを詳しく知らないと聞いたことがあります。それが現実だと知ったときに、その選択がベストだと思ったんです。

100年先の社会を変えるために

— 創業者ふたりが最後に目指すもの

生駒松田さんはこの8年を振り返ってみて、節目になるときはありましたか?

松田明確に分岐点があります。最初は会社を急速に大きくしようとは思っていなかったんです。でも2021年に、もっと会社を大きくしたいと明確に思うようになり、スタートアップや資金調達についてしっかり学びました。

ヘラルボニーのビジネスモデルの中心には福祉があります。それを資本主義の文脈の中で大きくできたら、本当に社会を変えられるという確信めいたものが出てきたんです。

生駒今では海外での活躍も多く耳にしますが、海外に向けて本格化したのはSAKE HUNDREDと同じ2024年ですよね。

松田SAKE HUNDREDもそんなに最近なんですか。

生駒日本酒の原産国である日本でこそ、まず認められるべきという考えのもと、当初は国内に注力していました。2021年から輸出は開始していますが、2024年になると、国内のSAKE HUNDREDの認知が海外にまで派生し、それまで進出していなかったタイや台湾にもご縁ができ、大きく成長しています。イベントもカンヌ国際映画祭のような大規模なものから、レストランでのペアリングイベントの開催まで、積極的に仕掛けるようになりました。

高級日本酒市場を成立させるためには、5万本、10万本、100万本と世界中で売れる必要があります。1本3万円の日本酒を1万本売るというのは、日本ではすごいことですが、そこから大きく飛躍しようと思ったんです。

ヘラルボニーの海外展開は、やはり「LVMH Innovation Award 2024」がきっかけですか?

松田そうですね。そこで受賞したことで、パリに子会社を作りました。今は情報発信が中心で、戦略的に賞を取りに行っている段階です。2024年には自分たちでも「HERALBONY Art Prize」というコンペティションを始めました。これも今年3回目となり、77カ国から応募があるコンペティションになりました。

今年はオランダのカー・ハン・ムイさんという作家が優勝して、先日、授賞式をやりました。その後のパーティーで受賞コメントをお願いしたら「一度しゃべったからもう話したくない」って。我々は最後に何を伝えようかとか、質問にどう応えようかと、すごく固執した考え方で生きていますよね。スピーチは当人のお姉さんがすることになり「受賞のことはどうでもいいんです。でも、カー・ハンがこれからも、同じ時間に同じ場所でご飯を食べて、絵を描き続けられるような未来を守っていきたい」とおっしゃったんです。

私は ヘラルボニーを通じて、人間のこういうものが隠されることなく発露する世界を形作りたいと思っています。岩手に本社を置いている理由も、経済合理性ではなく、岩手が好きだからです。岩手でやっているってすごいと思われるはずだと確信しています。生駒さんはどうですか? 生駒さんが世を去るときに、どうなっていたら成功だと思いますか?

生駒世界中で日本酒が飲まれていること、そして世界中で日本酒が造られていることですね。SAKE HUNDREDが高級日本酒市場をグローバルに創造できれば、その時、日本酒の裾野はとても大きく広がっているはずです。ワインが世界中で造られているように、日本酒ももっとたくさんの人の身近になればと思っています。

松田私たちは、非営利の財団を半年前に作りました。最重度の障害がある人に向けた財団です。「障害が個性」という言葉も暴力的で、絵が描けたり才能があるというのは、実際は違うんですよね。医療的ケアが必要な人たちや、手を少し動かせるという人もいます。ヘラルボニーとしてこの領域にどう向き合えるかを考えると、それはもう経済性とは合致しません。そこで財団の設立に踏み切りました。将来的には、アクティビストや障害のある人の団体にも理事に入ってもらい、財団にヘラルボニーの大株主として君臨してもらうことを考えています。そうすると、もしヘラルボニーが利益を考え、知的障害のある人へのライセンスフィーを下げるような決断をしようとしても、財団がガバナンスを効かせてくれるようになります。このような、未来永劫、障害福祉のためになる体制を作りたいですね。

生駒素敵な取り組みですね。

松田これは、ヘラルボニーが大きくならないと絵に描いた餅なので、大きくなりたい宣言です。

生駒SAKE HUNDREDも同じです。成功事例がないと新規参入する人も、投資する人も増えません。だから、世界中の人々に日本酒を楽しんでもらうために、SAKE HUNDREDは爆発的な成長を遂げて、みんなが知る成功事例にならなければいけない。そんないいプレッシャーを今も感じ続けています。

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